2020/11/25
前回からの続きです。
おめでとう、私!
配送トラックに揺られて家に着いた
めでたく購入された私は、配送用トラックに詰め込まれた。
配送トラックの荷台を見ると、テレビや冷蔵庫、エアコンやマッサージチェア。
変わったところではペット用のトリミングブラシもある。
様々な商品が立ち並んでいるなか、私はどこへ行くかわからないままガタガタと揺られながら道を進んでいる。
おっと、急にここで配送トラックが止まった。
荷台をガチャッと開ける音とともに、「おい、ゆっくり運ばないと壊れるぞ」と男性の野太い声が聞こえた。
あっと、私はその男性に抱えられてしまった。
「私はこの家で過ごすことになるのか…」
そんな声が聞こえた瞬間、私は再び荷台に戻った。
この家で降ろされたのは、どうやら私の奥にいたマッサージチェアのようだ。
再び荷台に乗った私は、しばらく道を行く。
「この道を行けばどうなるものか。迷わず行けよ。行けば分かるさ。」
先日亡くなった有名プロレスラーの言葉のように、私の前にはどんどん道が伸びている。
「この道の向こうには何があるのか」
そんな事を考えていると、配送トラックがゆっくりと停車し「ガチャッ」と荷台の扉が開いた。
私は男によって家へと運び出されていった。
私の目の前には二階建ての大きなお家が見えるではないか。
私は「この家に行くことになったのだ」と覚悟を決めて、スーッと深呼吸をした。
「ピンポーン」という音とともに、私はその家の中に入っていく。
玄関の扉の向こう側には、私を購入したであろう男性と配偶者。そして2人の子ども。
子どもの足元には白くて丸っこい犬が一匹。
どうやら私は、これからこの家族と共にこれから生きていく模様だ。
箱から出されて設置
「さあ、こちらです。」
女性の声が聞こえて、私は広い家のリビングまで通された。
すると、リビングの片隅にゆっくりと丁寧に男性の手によって降ろされた。
梱包を外して箱の外に出た私は、家の中の空気を吸った。
生活に満ち溢れた臭いで、どうやらさっきまで食事を取っていたようだ。
そういえば、私と同じ時期に作られた加湿器のスチームはカレー専門店へ行った。
彼は今頃スパイスが香る店内で、働く人と顧客の肌や喉を潤しているんだと思うと、なぜか誇らしくなった。
そうこうしているうちに、私の背中に伸びているコードをコンセントに入れて電源をオン。
私の口からは、大量の蒸気がブワンと天井に向かって噴き出した。
まるでSLを思わせるような勢いがある蒸気。
こうして私は、晴れてこの家の一員となったのであります。
設置から今日まで
購入した男性の手によってこの家にやってきてから約5年間。
私は昼夜を問わず、蒸気を出し続けている。
こまめに水道水を注ぎ足してもらい、夏の間は静かで暗いところに丁寧に梱包されて休暇を取った。
加湿器は乾燥しがちな秋から春にかけて使われることが多いそうで、私は湿気が多い夏場は休暇を取っていた。
サラリーマンのように長期休暇で海外旅行に行くことはできないが、私は一人で静かな空間の中で目を閉じて物思いにふけていたから、そんなに寂しくはなかった。
今思えば、あの時「ポチッ」とされなければこの家に来ることはなかった。
私の体はあとどれぐらい持つか分からないが、動く間はたくさん蒸気を出して、家族の健康作りに役立ちたいと思っている。
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編集後記:
加湿器を擬人化し、自分が買われる「さま」を実況中継しているという設定です。
お読みいただき、「だからなんやねん(笑)」と感じていただけましたら、このページの目的は達成しております。